Last revised: Thu, Oct 14, 2004
トップページへ


 

フエの遺跡群−異色の宮殿建築の魅力を探る

本稿は,「フエの遺跡群−異色の宮殿建築の魅力を探る」(『早稲田建築 2004』2004年3月,pp. 32-33)を基に作成したものです。

 



 最近、テレビや雑誌を通して日本にも紹介 されることが多くなってきた南国ベトナムの生活と文化。ところが、ベトナム中部の古都フエに中国・北京の紫禁城を模した宮殿が残されていることはあまり知られていない。実はこの世界遺産、早稲田大学建築学科を中心とする研究グループと関係が深いという。そこでこの遺跡の学術調査と保存修復に取り組む早稲田大学ユネスコ世界遺産研究所の中沢氏に取材した。


◆フエとの関わり

 ベトナム戦争後の混乱から回復し始めた1980 年代後半、ユネスコはフエの遺跡群を救済するためのキャンペーンを展開した。ユネスコ文化遺産保存日本信託基金の拠出を受けて実施された王宮の正門「午門」の修理工事もこの一環だ。91年、この事業に中川武教授が文化財建築技術コンサルタントとしてフエを訪れたことが最初のきっかけだそうだ。事業は93年に終了したが、これを契機に東南アジアや中国の建築との比較を含めて早大の建築史研究室でもっと展開していこうという機運になり、94年に、調査員が現地を訪れ最初の学術調査が開始された。その後も文部科学省等から継続的に研究助成を受けることができ、現在に至るという。


「最近では早稲田大学自体がユネスコと関係が深い(註1)こともあり、学内にユネスコ世界遺産研究所(註2)が設立され、そこのパイロットプランとして扱ったこのフエのプロジェクトに大型の助成がつきました。ようやく現地の宮殿の修復に直接携わることが出来るような体制が整いつつあります。」


◆遺跡を測る

 毎年、春季と夏季の大学休業期には、早稲田大学を中心に他大学の研究者、学生も交えた調査団を構成し、遺跡の総合調査を行う。早稲田の建築学専攻の大学院生も南国の炎天の下、中心的な役割を果たしているという。

「当初は、基礎的な学術情報が非常に不足していたので、まず遺跡を測ることから始めました。王宮のきちんとした配置図もなかったので、日本から光波測量機をもっていって建物を測り、図面を作成するということから始めたわけです。現地では公立のフエ遺跡保存センターと共同で作業しているのですが、やはり日本とは研究や保存事業に対する姿勢が異なっており、測量一つとってもいろいろ苦労しました。こちらが教えることが多いのですが、中には気鋭の研究者もいて伝統的なことをよく知っていたりと、国際共同研究の醍醐味はありますね。」

 他にも伝統的な技術を持った職人に聞き取りを行ったり、古写真を集めにフランスに出張したりと、その研究活動は多彩だ。


◆失われた宮殿の再建に向けて

 このような活動を続けていくうちに、現地から遺跡の再建計画に直接携わって欲しいという要請がくるようになったという。実はフエはベトナム戦争の激戦地であったため、甚大な被害を受け、宮殿の半分近くが焼失していたのである。

「近年はフエも観光都市として注目され始めていることもあって、失われた宮殿建築を再建しようという思いが強くなっています。現在は中心的な宮殿である勤政殿の再建が計画されていて、それに必要な研究を97年からフエ遺跡保存センターと共同で進めています。日本は奈良・平城宮朱雀門や沖縄・首里城などの宮殿再建例があるため期待されているのですが、ただ、遺跡は安易に再建してよいというわけではないので、十分な調査と価値付けを行って、総合的に是非を判断する必要があります。だからこれは長期計画です。」


◆調査研究を通してわかる遺跡の魅力

 フエはベトナムの最後の王朝である阮朝(1802-1945)の都として栄えた古都。香江という美しい川に沿って築かれた城壁都市(京城)を中心に、周囲の山河に歴代の皇帝陵や寺院からなるこの遺跡群は1993年にベ トナムで最初のユネスコ世界遺産として登録されている。中沢氏は研究を通して見えてくる遺跡の魅力を次のように語る。

「やはり、様々な文化の影響を受けていることです。特に中国とフランスの影響が強いのですが、ベトナムのフエという場所をみることで、そういう様々な文化の流れが分かってきます。例えば都市構造や王宮の配置構成は中華思想の影響を受けて計画されています。一方でフランスの影響も、函館の五稜郭と同じヴォーバン式と呼ばれる技法で造られた城郭や、宮殿の室内装飾などに様々に発見できます。特に啓定帝陵が文化の流れを見る上では面白い遺跡です。啓定帝の頃、ベトナムはフランスの植民地であり、皇帝自身もまたフランス趣味だったため、陵墓もコンクリート造で、表面に中華とベトナムとフランス の要素を混ぜ合わせた意匠を絢爛に施したものとなっています。」


◆遺跡の環境問題

 フエのもう一つの特徴は風光明媚な自然環境だ。悠久の香江の流れに緑豊かな樹々とフエの人々のノンビリとした生活が相俟って、 古都独特の雰囲気を醸し出している。しかしこの環境を保全するにも一苦労だ。

「フエは気候が激しいところで、数年に一度大洪水が襲ってきます。これは森林伐採の問題もあるのですが、都市の伝統的な水利システムが埋まっていて機能していないことも一因です。この洪水が特に木造遺構には深刻なダメージを与えるので早急な対処が必要とされています。一方で、観光客の増加に伴う遺跡の破壊や都市の近代化やモラルの低下による景観破壊など日本がこれまで経験してきた問題が一気に吹き出そうとしています。建築学だけではなく、総合学際的な対処が求められています。」

 なるほどフエの遺跡群は興味深い遺産であると同時に多くの問題を抱えているようだ。現在、問題解決の一環として、研究や修復技術のレベルアップを図るために、王宮内の修復された建物を国際共同研修センターとして利用するプロジェクトが進んでいるという。 今後の成果が期待されるところだ。

※註1…カンボジアのアンコール遺跡の修復活動、エジプト遺跡群における調査活動、世界遺産サイトに関する高度なデータベース作成など、長年にわたる早稲田大学のユネスコの活動への学術情報の提供、技術協力を強化する目的で2000年に締結された。
※註2…早稲田大学総合研究機構ユネスコ世界遺産研究所。所長の中川武教授を中心に、エジプト学の吉村作治教授、都市計画額の佐藤滋教授などが参加し、ユネスコ世界遺産に関する学術研究を推し進めている。

中沢 信一郎(苗平2 /博平7)
早稲田大学総合研究機構ユネスコ世界遺産研究所・客員講師
東洋建築史・保存修復学。
共著書に『アジアの歴史的建造物の
設計方法に関する実測調査研究』など


PDFバージョン(元原稿)はこちら